「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ」
(教行信証)
「まことだ!本当だ。弥陀の誓いにウソはない。
皆々聞いてもらいたい、この親鸞が生き証人だ。
早く、弥陀の誓願まことを知ってもらいたい」
これは、親鸞聖人ご自身が、29歳の御時、真心徹到された、感激に満ちた告白です。
「摂取不捨の真言」も「超世希有の正法」も、ともに弥陀の誓願のこと。
弥陀の誓願とは、“すべての者を、絶対の幸福にせずにはおかぬ”という、本師本仏の阿弥陀仏のお約束です。
友人に貸している大金が返ってきた時に、“彼の誓約は本当だった”と、それまでの疑いが晴れるように、絶対の幸福になった時、
「弥陀の誓願まことだった」
とハッキリします。
だから「まことなるかなや」とは、弥陀の誓願どおりに、絶対の幸福に救い摂られた聖人の、真情あふれる歓喜の叫びです。
私たちが人間に生まれてきたのは、この親鸞聖人と同じ絶対の幸福に救われるためです。
親鸞会は、親鸞聖人が伝えられたことを、そのまま皆さんにお伝えしている集まりです。
聖人はこの体験を、「信心獲得」とか「信心を獲た」とも言われています。
真実信心は、本師本仏の阿弥陀仏から賜る、「他力の信心」だからです。
「他力」とは阿弥陀仏のお力のこと。
だからこれは、永い間、求め続けてきた真実の信心を弥陀より賜り、人生の目的成就なされた聖人の、驚嘆のお言葉なのです。
ところが、人生の目的に完成があると言われると、
「目的を達成すると、することがなくなってしまうのではないか」
との杞憂を時々聞きます。
しかし、それは全く反対です。
学校を卒業してから、社会での活躍が始まるように、人生の目的達成してからが、本当の活躍の始まりなのです。
親鸞聖人の、あの不惜身命の大活躍も、信心獲得の29歳から始まったではありませんか。