親鸞聖人による書物に「正信偈」というものがあります。
一体何が書かれているのか、それはこの書物の名に表されています。
“偈”とは「うた」ということですから、正信偈は、「正しい信心の歌」ということです。
親鸞聖人は私たちに「正しい信心」「真実の信心」を教えられ、はやく正しい信心を獲得し、未来永遠の幸福になってもらいたい、と念じておられるのです。
しかし、漢字ばかりで書かれているためか、「正信偈」をお経だと思っている人がありますが、それは誤りです。
「正信偈」はお経ではありません。
「お経」とは、お釈迦様のご説法を弟子が書き残したもので、どのお経も「仏説○○経」とあります。
浄土真宗のお経といえば、大無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の3つがありますが、それぞれ、仏説無量寿経、仏説観無量寿経、仏説阿弥陀経と正式には言われます。
「仏説」とは「仏さまが説かれた」の意で、「仏さま」とはお釈迦さまのこと。
それに対して「正信偈」は、親鸞聖人の書かれたものです。
「なんとか伝えたい。知ってもらいたいことがある」
と、親鸞聖人が泣く泣く筆を執られ、一字一涙で書かれた「正信偈」には、聖人90年の教えのすべてがおさまっているのです。
「正信偈」の「正」という字は、「一に止まる」と書きます。
正しいものは一つしかないということ。
二つも三つもあるものではありません。
そのただ一つの正しい信心を、親鸞聖人が明らかになされているのが「正信偈」です。
ですから親鸞聖人は
「なんでもかんでも、その人がいいと思ったものを信じて生きればいい」
などとは、決しておっしゃっていません。
「正しい」信心があるということは、そうでない信心がある、ということ。
すなわち、迷信、邪信、偽信といわれるものです。
それら間違っている信心は、必ず裏切られて苦しまねばなりません。だから、間違った信心を捨てよ、と教行信証に徹底的に書かれています。
皆さん、一日も早く「正しい信心」「真実の信心」を獲得して、死の巌頭にも崩れない「絶対の幸福」に救い摂られてくれよ、と念じ、叫び続けている方が親鸞聖人なのです。
親鸞会では、毎月の法話会で、正信偈のお言葉の意味を解説しています。
正信偈の冒頭の
「帰命無量寿如来 南無不可思議光」
の二行は、聖人ご自身が、その「正信心」を獲得しての生々しい感動、喜びの体験を告白しているお言葉なのです。
This entry was posted on 土曜日, 6月 13th, 2009 at 9:50 AM and is filed under 正しい信心. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.