私たちは、みんな何かを信じて生きている、いわゆる信心を持っています。
そして、信じていたものに裏切られたときに、苦しみ、悩みます。
しかも、深く信じていればいるほど、それらに裏切られたときの悲しみや
怒りは大きくなります。
私たちは、けっして、苦しんだり、悲しんだりするために、生まれてきたのでは
ありません。生きているのでもありません。幸福を求めて生きています。
では、裏切らないものを信じて、私たちは生きているでしょうか。
たとえ、70年、80年、信じられるものがあったとしても、最後、私たちは
死なねばなりません。 いよいよ死んでいくときには、信じていた家族も、
健康も、財産も、すべて我が身から離れて、この肉体さえも焼いてゆかねば
なりません。
裏切るものばかりを信じて生きているから、苦しみ、悩みがたえないのだ、
本当の幸福になりたければ、絶対に裏切ることのない、正しい信心を持ちな
さいよ、と親鸞聖人が教えられているのが、正信偈であります。
正信偈の「正」という字は、一に止まる、と書きます。正しいものは一つしかない、
ということです。 では、その唯一つしかない、正しい信心とはなんなのか、
次回からお話したいと思います。
This entry was posted on 土曜日, 9月 26th, 2009 at 11:23 AM and is filed under 信心とは, 正しい信心. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.