By ゆうと | 9月 26, 2009 - 11:23 am - Posted in 信心とは, 正しい信心

私たちは、みんな何かを信じて生きている、いわゆる信心を持っています。

そして、信じていたものに裏切られたときに、苦しみ、悩みます。

しかも、深く信じていればいるほど、それらに裏切られたときの悲しみや

怒りは大きくなります。

私たちは、けっして、苦しんだり、悲しんだりするために、生まれてきたのでは

ありません。生きているのでもありません。幸福を求めて生きています。

では、裏切らないものを信じて、私たちは生きているでしょうか。

たとえ、70年、80年、信じられるものがあったとしても、最後、私たちは

死なねばなりません。 いよいよ死んでいくときには、信じていた家族も、

健康も、財産も、すべて我が身から離れて、この肉体さえも焼いてゆかねば

なりません。

裏切るものばかりを信じて生きているから、苦しみ、悩みがたえないのだ、

本当の幸福になりたければ、絶対に裏切ることのない、正しい信心を持ちな

さいよ、と親鸞聖人が教えられているのが、正信偈であります。

正信偈の「正」という字は、一に止まる、と書きます。正しいものは一つしかない、

ということです。 では、その唯一つしかない、正しい信心とはなんなのか、

次回からお話したいと思います。

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