By ゆうと | 11月 10, 2009 - 1:56 pm - Posted in 未分類

では、親鸞聖人が生涯教えられた「他力の信心」とはいかなるものでしょうか。

まず、他力とは、阿弥陀仏の本願力のみをいいます。

教行信証には、「他力というは如来の本願力なり」 と書かれています。

他力、というと、自分以外の力、自然の力を他力と思っている人がありますが、

とんでもない間違いです。 仏教で他力とは、本師本仏の阿弥陀如来の本願力

のみをいわれます。

ですから、他力の信心とは、私たちの心で何かを信ずるという自力の信心とは

全く異なり、阿弥陀如来から賜る信心であることがおわかりでしょう。

「他力の信心は善悪の凡夫、共に仏の方より賜る信心なれば・・・」

と、お聖教にも書かれています。

阿弥陀如来より賜る信心ですから、蓮如上人は、

「信心という二字をば、まことの心と読めるなり、まことの心と読む上は、凡夫自力の

迷心にあらず、まったく仏心なり」 と仰言っています。

仏心すなわち、阿弥陀仏の大慈悲心を賜る、ということです。

阿弥陀仏の大慈悲心の顕現、象徴が、南無阿弥陀仏の六字の名号でありますから、

名号が私のものとなったのを信心、というのであります。

まだ、私のものになっていないときは「名号」と言い、私のものになったのを「信心」

というのです。 では、名号とはなんなのでしょうか。

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