By ゆうと | 2月 10, 2010 - 11:23 am - Posted in 未分類

名号の働きは、一言でいうと、破闇満願 でした。
破闇とは、闇を破る。

闇とは、無明の闇のことで、後生暗い心とも言われます。
すべての人の苦しみの根元は、この無明の闇一つだと、
親鸞聖人は断言されています。

さて、無明の闇、後生暗い心とはどんな心なのでしょうか。
そして、なぜそれが苦悩の根元なのでしょうか。

まず、後生とは、死んだ後。
私たちの確実な未来です。死なない人は一人もありません。
100%確実な未来です。

その後生が暗い、とは、後生がわからない、ハッキリしない、
ということです。
あるのやら、ないのやら、あるならどんな状態なのか、
まったく分からない。
お先真っ暗な状態なのです。

不況が長引いており、みんな先行き不透明で不安な日暮を
送っています。行く先がハッキリしないから、現在が不安なのです。

我々の100%確実な未来が後生。それは、一瞬先のことかも
しれない。生きている、ということは、常に後生と触れ合っている、
ということです。

凍った道で車がスリップし、軽自動車とワゴン車が衝突。
軽自動車の後部座席に乗っていた結婚間近のカップルが即死。

100%確実、しかも、次の瞬間かもしれない後生、その後生が
真っ暗がり。だから現在が不安なのです。
未来が暗いから現在が暗い。
未来が明るければ現在も明るい。

本師本仏の阿弥陀如来は、私たちの苦悩の根元は無明の闇
であると見抜かれ、それを必ず破ってみせる、後生明るい心に
してみせる、という本願をたてられたのです。

本願の通り、無明の闇が破れたのを、信心、あるいは信心決定、
というのです。

親鸞聖人の教えを知りたい方は以下のサイトを見てください。

親鸞会ポータル
親鸞会

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