このように、浄土真宗で教えられる信心は、私たちの心で作り上げる信心ではなく、
阿弥陀仏から賜わる信心ですから、
これを他力廻向、と言います。
他力とは、阿弥陀如来の本願力。
廻向とは、差し向ける、与える、ということです。
不可称不可説不可思議の功徳がおさまった名号を、阿弥陀仏のほうから私たちに
与えてくださるのです。
聖人一流の章には、「不可思議の願力として、仏のかたより・・・」と書かれています。
しかも、名号は一念で頂きますので、一念の信心、と言われます。
一念とは、時刻のきわまりのことで、あっともすっともいうまがない、何億分の一秒
よりも短い時をいいます。
親鸞聖人は、「一念とは信楽開発の時尅の極促をあらわす」 と教行信証に
書かれています。
このように、阿弥陀仏から一念で名号を頂いたことを、信心決定、信心獲得、
仏凡一体、信楽開発、など、さまざまな言い方をされるのです。
釈迦の説かれた一切経は、私たちが信心決定する、これ一つが目的で
説かれています。
浄土真宗親鸞会が作られた目的も、これ以外にはありません。
「あわれあわれ、存命のうちに、皆々信心決定あれかしと、朝夕思いはんべり」
(蓮如上人の御遺言)
この蓮如上人の御心のままに、親鸞聖人の正しい教えを、自他共に徹底
する、これが親鸞会です。
This entry was posted on 水曜日, 3月 24th, 2010 at 2:17 PM and is filed under 未分類. You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed. Both comments and pings are currently closed.